「行動すること」について考える

担当:庄司

 

 

今月の考える日記は、庄司が担当いたします。

 

ショッピングサイトの会員情報等、みなさんそれぞれ何らかの方法でまとめて記録・保管を

しているかと思いますが、 私自身は専用のノートを1冊つくり、なにか増えればそのノートに

適宜書き足していくようにしています。専用のノートを初めにつくったのは大学生のときで、

社会人になってもその頃つくったノートを継続して使い続けていました。

 

あるとき、たまたま家族の前でそのノートを手にしていたら、ふと家族に

「そのノートやばい…」と指摘されました。 そこで改めて手もとのノートを見てみると、

表紙は跡形もなく剥がれ取れ、表紙がないため最初と最後のページもぼろぼろで、ページの端も

くしゃくしゃに傷んで、ともかく、全体的にものすごくぼろぼろでした。

「たしかにやばい、これは汚なすぎる」と思い、きれいにつくりかえようと、

新しいノートも買いはしたものの、 私はそれ以降もずっとそのノートを使ったままでいました。

 

なぜ、問題点に気づいたにもかかわらず、取り掛かれないのか? と考えてみると、

理由はおもにふたつほど考えられました。

・どのページにどの情報があるかがぱっと分かるくらい使い慣れているため

 「使い慣れているよさ > ぼろぼろで見苦しいこと」となっている。

 誰に見せるものでもないので、恥ずかしいという気持ちも平時では湧きにくい。

・つくりかえる作業の時間を確保するのが難しい。

 (ぼろぼろだが、基本的な役割はこなしてくれているので、つくりかえるタスクの優先度を

 自分の中で上げきれないでいる)

 

 

たとえばひとつの問題に対して、画期的で便利なモノやサービスをつくり、潜在的にかかえている

問題点やその解決策が確実にお客さんに伝わっても、「よしじゃあ使ってみよう、やってみよう」

と思い行動するかどうかは、その人にとってその問題がどれだけ重大か、どれだけ優先度が高いか、

どれだけ必要に迫られているか等でかなり変わってくるのだろうと思います。

 

問題点はわかっているし、困ってもいる。

でも、すぐに解決に動かなければならないほど深刻なわけじゃない。お金や時間をかけるか迷う。

日ごろ抱える小さな悩みの多くはそんな感じのもので、「行動する」ということは思っている以上に

単純でなく、腰の重く、ぱきっと割り切れないものだなあと思います。

 

ぼろぼろのノートも、本当はきれいなほうがいいし、きれいにしたいのですが…。

 

 

 

 

 

使い慣れて、自分のなかで「ぼろぼろ」が風景化したノート。


 

 

 

 

 

 

 
 
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