やめること」について考える

担当:庄司

 

 

今月の考える日記は、庄司が担当します。

 

 

わが家では毎年11月になると、

クリスマスツリーをだして飾りつけ、テレビ台の脇に置くのが習慣です。

そのほかにもいろいろと飾りや小物を置いたりもしていますが、

そのツリーは比較的大きく存在感があり、

クリスマスシーズンの家のなかのシンボルのような感じでした。

 

しかし今年、その大きなクリスマスツリーをだすのをやめました。

「ツリーをだして、飾りつけて、設置する」というのは、

習慣として自然と「クリスマス時期に当たり前にすること」のように思っていたので、

最初こそ「ださない」ことがちょっと不思議な感じがしたりもしましたが、

いまはもう「ださなくてもいいんだ」と、やはり自然に思えています。

 

ツリーや飾りつけ用品一式を収納から引っ張りだして、荷ほどきし、飾りつけし、

そしてクリスマスが終わったらツリーから飾りを外して、

こまごまとしたパーツをすべてもとどおりに仕舞う。

それは思っている以上に、手間や時間、気苦労を要することで、

そして一方で、そうしてせっかくツリーを飾っても、ここ何年かは

ゆっくり眺めて楽しむ時間はとても減っていました。

 

大きなクリスマスツリーはおかないけれど、毎日目に入る玄関の棚の上には、

あらかじめ飾りつけされた小さなツリーと、ちょっとした飾りがあります。

あとは、いつも部屋にいるぬいぐるみのあたまにサンタ帽をかぶせたり…。

一歩外に出れば、街中に大きくてきれいなクリスマスツリーがあって、

キラキラとした飾りや電飾、クリスマスソングで目も耳も楽しめて、

そうしたものと家のささやかな飾りだけでも、充分だなぁと感じます。

クリスマスツリーを仕舞う作業がない年末は、いつもより少しのんびりできるのかもしれません。

 

今回のことは、とても些細な一例だと思いますが、

「続けてきたことをやめる」のは、抵抗感、後ろめたさ、寂しさ…等々もあり、

「やめる」という言葉だけでも、一見マイナスなイメージを持たれがちです。

 

でも本当にマイナスなのは、「やめる」ということそれ自体ではないのだと思います。

たまに立ち止まって価値を見つめて、必要だったら続けて、時として「やめて」、

そしてやめたら、その分の時間や労力をほかの好きなことや大事なことに注いで…。

そうして、よりよくしていけたらいいのかな、と思います。

 

   

 

 

 

「クリスマスツリーはふさふさであるべき」という固定観念も、今年なくなりました。

大きなツリーは、もしまた飾りたいという気持ちになったら、飾ればいいと思います。

とりあえず、いまはおやすみ。

 

 

 

 

 

 

 
 
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